1 旭川市国民健康保険料事件

・最高裁平成18年3月1日大法廷判決・民集60巻2号587頁

・札幌高裁平成11年12月21日判決・民集60巻2号713頁

・旭川地裁平成10年4月21日判決・民集60巻2号672頁

〔事案の概要〕

本件は、Y市(被告・控訴人・被上告人)の定める国民健康保険条例(以下「本件条例」という。)に基づき、平成6年4月12日に同市を保険者とする国民健康保険の一般被保険者の資格を取得した世帯主であるX(原告・被控訴人・上告人)が、平成6年度から同8年度までの各年度分の国民健康保険の保険料について、Y市から賦課処分を受け、また、Y市長(被告・控訴人・被上告人)から所定の減免事由に該当しないとして減免しない旨の通知(以下「減免非該当処分」という。)を受けたことから、Y市に対し上記各賦課処分の取消し及び無効確認を、Y市長に対し上記各減免非該当処分の取消し及び無効確認をそれぞれ求めた事案である。

この事件において、Xは、本件条例が定める国民健康保険料の賦課総額の算定基準は不明確かつ不特定であり、本件条例において保険料率を定めず、これを告示に委任することは、租税法律主義を定める憲法84条又はその趣旨に反するなどと主張した。

〔争点〕

本件条例に基づく国民健康保険の保険料につき憲法84条の適用が有るか否か。

〔判決の要旨〕

「国又は地方公共団体が、課税権に基づき、その経費に充てるための資金を調達する目的をもって、特別の給付に対する反対給付としてでなく、一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は、その形式のいかんにかかわらず、憲法84条に規定する租税に当たるというべきである。

市町村が行う国民健康保険の保険料は、これと異なり、被保険者において保険給付を受け得ることに対する反対給付として徴収されるものである。前記のとおり、Y市における国民健康保険事業に要する経費の約3分の2は公的資金によって賄われているが、これによって、保険料と保険給付を受け得る地位とのけん連性が断ち切られるものではない。また、国民健康保険が強制加入とされ、保険料が強制徴収されるのは、保険給付を受ける被保険者をなるべく保険事故を生ずべき者の全部とし、保険事故により生ずる個人の経済的損害を加入者相互において分担すべきであるとする社会保険としての国民健康保険の目的及び性質に由来するものというべきである。

したがって、上記保険料に憲法84条の規定が直接に適用されることはないというべきである(国民健康保険税は、前記のとおり目的税であって、上記の反対給付として徴収されるものであるが、形式が税である以上は、憲法84条の規定が適用されることとなる。)。」

「もっとも、憲法84条は、課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであり、直接的には、租税について法律による規律の在り方を定めるものであるが、同条は、国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則を租税について厳格化した形で明文化したものというべきである。したがって、国、地方公共団体等が賦課徴収する租税以外の公課であっても、その性質に応じて、法律又は法律の範囲内で制定された条例によって適正な規律がされるべきものと解すべきであり、憲法84条に規定する租税ではないという理由だけから、そのすべてが当然に同条に現れた上記のような法原則のらち外にあると判断することは相当ではない。そして、租税以外の公課であっても、賦課徴収の強制の度合い等の点において租税に類似する性質を有するものについては、憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが、その場合であっても、租税以外の公課は、租税とその性質が共通する点や異なる点があり、また、賦課徴収の目的に応じて多種多様であるから、賦課要件が法律又は条例にどの程度明確に定められるべきかなどその規律の在り方については、当該公課の性質、賦課徴収の目的、その強制の度合い等を総合考慮して判断すべきものである。」

「市町村が行う国民健康保険は、保険料を徴収する方式のものであっても、強制加入とされ、保険料が強制徴収され、賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有するものであるから、これについても憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが、他方において、保険料の使途は、国民健康保険事業に要する費用に限定されているのであって、法81条の委任に基づき条例において賦課要件がどの程度明確に定められるべきかは、賦課徴収の強制の度合いのほか、社会保険としての国民健康保険の目的、特質等をも総合考慮して判断する必要がある。」

〔コメント〕

租税について、我が国の租税法は明確に定義を設けていない。一般的に、租税とは、①公共サービスの提供に必要な資金を調達することを目的として(公益性)、②権力的課徴金の性質を有し(権力性)、特別の給付に対する反対給付の性質を有しない(非対価性)ものであると説明されることが多い(金子宏『租税法〔第23版〕』9頁(弘文堂2019))。

この点、本件判決は、③非対価性の観点から租税該当性を判断しているように見受けられる。すなわち、租税が非対価性という本質を有している以上、国民健康保険料のような支払とサービス受給との間に牽連関係があるようなものは租税とは異なるため、直接的には租税法律主義の射程は及ばないとの理解であろう。

ところで、本件に類似する事案として、秋田市国民健康保険税事件(仙台高裁秋田支部昭和年月日判決57年7月23日判決・行集33巻7号1616頁)があるが、同事件では、保険料率や定額保険料の算定基礎である課税総額の定め方が租税法律主義に反すると判断され、訴えを提起した市民側の勝訴となっている。本件事件で争われているのは国民健康保険「料」であり、秋田市の事例は国民健康保険「税」であったところがポイントではあるが、本件最高裁が「国民健康保険税は、…目的税であって、…反対給付として徴収されるものであるが、形式が税である以上は、憲法84条の規定が適用される」として、形式的な着目をしている箇所には議論があろう。もっとも、本件最高裁も、形式論のみならず「市町村が行う国民健康保険は、…保険料が強制徴収され、賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有するものであるから、これについても憲法84条の趣旨が及ぶと解すべき」としていることから、形式的判断に固執しているわけではないというべきであろう。

なお、結論において、本件最高裁は「本件条例は、保険料率算定の基礎となる賦課総額の算定基準を明確に規定した上で、その算定に必要な上記の費用及び収入の各見込額並びに予定収納率の推計に関する専門的及び技術的な細目にかかわる事項を、Y市長の合理的な選択にゆだねたもの」であるなどとして、租税法律主義には違反しないと結論付けている。

(所長:酒井克彦)

〔学習の道しるべ〕

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2 右山事件

・最高裁平成17年2月1日第三小法廷判決・集民216号279頁

・東京高裁平成13年6月27日判決・判タ1127号128頁

・東京地裁平成12年12月21日判決・税資249号1238頁

〔事案の概要〕

本件は、父親からゴルフ会員権の贈与を受けた際に名義書換手数料を支払ったX(原告・控訴人・上告人)が、上記ゴルフ会員権を第三者に譲渡し、譲渡所得金額の計算上、上記手数料を取得費に含めて所得税の確定申告を行ったところ、税務署長Y(被告・被控訴人・被上告人)が、上記手数料を資産の取得費として譲渡所得に係る総収入金額から控除することはできないとして更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をしたため、XがYに対し、本件各処分の取消しを求めた事案である。本件の事実の概要はおおむね次のとおりである。

(1)Xの父親であるAは、昭和63年11月18日、本件ゴルフクラブの会員権(以下「本件会員権」という。)を代金1,200万円で取得した。

(2)Xは、平成5年7月1日、Aから本件会員権の贈与を受け、ゴルフクラブの運営会社に対し名義書換手数料として82万4,000円(以下「本件名義書換料」という。)を支払った。

(3)Xは、平成9年4月3日、訴外Nに対し、本件会員権を代金100万円で譲渡した。

(4)Xは、譲渡所得の金額の計算において、父Aの本件会員権の取得代金(1,200万円)及びXが運営会社に支払った本件名義書換料(82万4,000円)の合計額1,282万4,000円を、総合課税の長期譲渡所得に係る取得費として計上した(△1,182万4,000円の譲渡損失)。

(5)Yは、Xに対し、本件名義書換料は、本件譲渡所得金額の計算上、資産の取得費として譲渡所得に係る総収入金額から控除することはできないとして、本件各処分をした。

〔争点〕

本件名義書換料は、所得税法38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》1項にいう「譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費」に該当するか。

〔判決の要旨〕

「 (1) 譲渡所得の金額について、法は、総収入金額から資産の取得費及び譲渡に要した費用を控除するものとし(33条3項)、上記の資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額としている(38条1項)。この譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものである(最高裁昭和…47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁、最高裁昭和…50年5月27日第三小法廷判決・民集29巻5号641頁参照)。そして、上記『資産の取得に要した金額』には、当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金の額のほか、当該資産を取得するための付随費用の額も含まれると解される(最高裁…平成4年7月14日第三小法廷判決・民集46巻5号492頁参照)。」

「譲渡所得課税の趣旨からすれば、贈与、相続又は遺贈であっても、当該資産についてその時における価額に相当する金額により譲渡があったものとみなして譲渡所得課税がされるべきところ(法59条1項参照)、法60条1項1号所定の贈与等にあっては、その時点では資産の増加益が具体的に顕在化しないため、その時点における譲渡所得課税について納税者の納得を得難いことから、これを留保し、その後受贈者等が資産を譲渡することによってその増加益が具体的に顕在化した時点において、これを清算して課税することとしたものである。同項の規定により、受贈者の譲渡所得の金額の計算においては、贈与者が当該資産を取得するのに要した費用が引き継がれ、課税を繰り延べられた贈与者の資産の保有期間に係る増加益も含めて受贈者に課税されるとともに、贈与者の資産の取得の時期も引き継がれる結果、資産の保有期間(法33条3項1号、2号参照)については、贈与者と受贈者の保有期間が通算されることとなる。」

「このように、法60条1項の規定の本旨は、増加益に対する課税の繰延べにあるから、この規定は、受贈者の譲渡所得の金額の計算において、受贈者の資産の保有期間に係る増加益に贈与者の資産の保有期間に係る増加益を合わせたものを超えて所得として把握することを予定していないというべきである。そして、受贈者が贈与者から資産を取得するための付随費用の額は、受贈者の資産の保有期間に係る増加益の計算において、『資産の取得に要した金額』(法38条1項)として収入金額から控除されるべき性質のものである。そうすると、上記付随費用の額は、法60条1項に基づいてされる譲渡所得の金額の計算において『資産の取得に要した金額』に当たると解すべきである。」

〔コメント〕

包括的所得概念を採用する我が国の所得税法において、譲渡所得とは、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税するものと捉えられている(増加益精算課税説。榎本家事件最高裁昭和47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁)。

この考え方に基づけば、譲渡が有償であるか無償であるかに関わらず、譲渡所得課税が肯定されることとなる。そうすると、資産の贈与(無償の譲渡)をした場合には、贈与者に対して所有期間中の値上り益についての譲渡所得課税がなされるべきことになる。しかしながら、金銭の授受が発生しない贈与において譲渡所得課税を行うことは、贈与者における納税資金の確保の困難性に加えて、受贈者につき贈与税課税がなされていることも併せ考えると、国民感情から受け入れがたい面も大きい。そこで、所得税法59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》及び60条《贈与等により取得した資産の取得費等》は、法人に対する贈与に限り原則的な考えに従ってみなし譲渡課税をすることとし、個人間の贈与においては課税の繰延べを図っている。

繰り延べられた課税は、受贈者が当該資産を譲渡した時点で清算されることとなる。具体的には、「その者が引き続きこれを所有していたものとみな」して譲渡所得の金額を計算することで(所法60①)、贈与者のキャピタルゲインと受贈者のキャピタルゲインを合算して清算課税する方法が採用されている。

所得税法60条1項が「引き続き所有していたものとみなす」という強い表現を用いている文理を重視すれば、本件名義書換料のような、中間の贈与時において発生した支払は何ら考慮すべきでないことになろう(本件第一審及び控訴審の判断)。これに対して、最高裁は、同条項の本旨に鑑みると、「この規定は、受贈者の譲渡所得の金額の計算において、受贈者の資産の保有期間に係る増加益に贈与者の資産の保有期間に係る増加益を合わせたものを超えて所得として把握することを予定していない」として、本件名義書換料を取得費として控除することを認めた点で注目を集めた。

本件最高裁は、「受贈者が贈与者から資産を取得するための付随費用の額は、受贈者の資産の保有期間に係る増加益の計算において、『資産の取得に要した金額』(法38条1項)として収入金額から控除されるべき性質のもの〔下線筆者〕」であることから、本件名義書換料のような付随費用の額は、「法60条1項に基づいてされる譲渡所得の金額の計算において『資産の取得に要した金額』に当たる」とする。しかしながら、所得税法38条1項の「別段の定め」である同法60条1項の解釈を展開するに当たって、同法38条1項で「控除されるべき性質」のものであるか否かを基準としているように見受けられる点では、「別段の定め」の解釈論として文理上の疑義があるようにも思われる。

なお、上記のとおり、譲渡所得課税は、従来増加益精算課税説によって説明されてきたところ、本件判決などは同説からの一定の乖離(譲渡益説への傾斜)が見られるとの指摘もある(佐藤英明『スタンダード所得税法〔第2版〕』144頁(弘文堂2017))。依然として、増加益精算課税説が中心となるとは思われるものの、今後の裁判例の動向に注目しておくべきではなかろうか。

(上席主任研究員:臼倉真純)

 

〔学習の道しるべ〕

👉この事件を深く学びたい方 → 『ブラッシュアップ租税法Ⅱ』(財経詳報社:近刊予定)へ

👉この事件の下級審判断や関連事例を学びたい方 → 『裁判例からみる所得税法』266頁(大蔵財務協会2016)

👉この事件を題材に判断の応用力を養いたい方 →  第49回プロゼミ